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東京地方裁判所 平成8年(ワ)25595号 判決

主文

一  被告は原告に対し、一四〇六万七〇〇〇円及びこれに対する平成八年五月一一日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告が株式会社真里谷(以下「真里谷」という)からゴルフ会員権(ゴルフ&カントリークラブグランマリヤのゴルフ場及びその付属施設の利用権並びに一三〇〇万円の預託金返還請求権、以下「本件ゴルフ会員権」という)を購入するにあたり、平成元年一二月二〇日、被告との間で、次の内容のゴルフ会員権クレジット契約(以下「本件契約」という)を締結した。

(一) 被告は原告に対し、右ゴルフ会員権の購入価格一六〇〇万円から申込金三〇〇万円を控除した残金一三〇〇万円の支払債務について保証することを委託し、原告はこれを保証する。

(二) 被告は原告が右一三〇〇万円を代金決済日に被告の保証人として真里谷に代位弁済することを承認する。

(三) 原告が前号の代位弁済をした場合、被告は原告に対し、一三〇〇万円に分割払手数料五七五万九〇〇〇円を加算した一八七五万九〇〇〇円を次のとおり分割して支払う。

〈1〉 平成二年二月一〇日限り一五万九三〇〇円

〈2〉 同年三月から平成一二年一月まで毎月一〇日限り一五万六三〇〇円宛

(四) 被告が支払期日に右分割金の支払いを遅滞し、原告から二〇日以上の期間を定めて支払いを催告されたにもかかわらず、その期間内に支払わない場合、被告は当然に期限の利益を失う。

(五) 遅延損害金 年六パーセント

2  原告は、平成二年一月一〇日、本件契約に基づいて真里谷に対し、被告の連帯保証人として、残代金一三〇〇万円を代位弁済した。

3  被告は平成四年八月一〇日期日分以降の支払いをしない。

そこで原告は被告に対し、平成八年四月一九日、二一日以内に遅滞金を支払うよう催告したが、被告は平成八年五月一〇日までに遅滞金を支払わなかった。

平成八年五月一一日現在の分割払金の残額合計は一四〇六万七〇〇〇円である。

4  よって、原告は被告に対し、本件契約に基づき、右一四〇六万七〇〇〇円及びこれに対する期限の利益喪失の日の翌日である平成八年五月一一日から支払済みまで約定の年六パーセントの割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

全て認める。

三  抗弁

1  割賦販売法三〇条の四と同旨の特約の適用(支払停止の抗弁)

(一) 本件特約の内容

本件契約書の一〇条は「売買契約に係る支払停止の抗弁」の標題のもとに、次のとおり規定している。

「購入者は、下記の事由が存するときは、その事由が解消されるまでの間、当該事由の存する商品について、支払を停止することができるものとします。

〈1〉 商品の引渡しがなされないこと。

〈2〉 商品に破損、汚損、故障、その他の瑕疵があること。

〈3〉 その他商品の販売について、販売会社に生じている事由があること。」

(二) 「商品」の意味

本件特約における「商品」とは、未開場の預託金会員制ゴルフクラブ、グランマリヤのゴルフ会員権である。

そして、ここにおける「商品」は、本件ゴルフ場経営会社である真里谷が本件ゴルフ場を予定時期に開場し、会員となった被告らに対してこれを優先的に利用させる役務を提供するという債務の履行そのものである。

(三) 真里谷の債務不履行

本件ゴルフ場は平成四年一〇月完成、翌年二月オープン予定として入会募集された。

ところが、本件ゴルフ場の造成工事は平成二年三月に着工されたものの、平成四年三月荒造成段階で工事が中断されたまま、真里谷が倒産したため(現在会社更生手続中)、当初の開場予定から既に四年余が経過しているのに、本件ゴルフ場開場の目処は立っていない。

(四) 錯誤

本件ゴルフ場の開場時期は、入会契約の重要な内容であるところ、被告の認識に反して、右のとおり、通常の予測の範囲をはるかに超える開場遅延が生じているのであるから、本件入会契約は錯誤により無効である。

(五) 以上によれば、本件においては、本件特約にいう「商品の瑕疵」又は「商品の販売について、販売会社に対して生じている事由」のあることが明らかである。

したがって、被告は、本件特約に基づき、原告に対する支払を停止することができる。

2  信義則上支払を拒みうる特段の事情

(一) 真里谷は、本件ゴルフ場以外にも多数のゴルフ場事業を手がけていたほか、巨額の株式投資や地上げなども行っていたが、オーナーのワンマン経営などにより、これらの事業等に失敗し、経営が破綻するに至った。

(二) 原告の親会社であるオリックス株式会社(以下「オリックス」という)は、昭和六一年から真里谷に融資を開始し、被告が本件ゴルフ会員権の購入契約を締結した平成二年一月一〇日時点では、真里谷に対し一七五億円以上の貸付金を有していた。また、オリックス及び原告の社長は、真里谷のオーナーに数回会って同人の経営姿勢を知悉していたし、真里谷の株式投資についても、オリックスにおいてその資金を提供していた関係上、その規模や態様を知悉していた。

(三) このような状況下で、オリックスは真里谷と提携して、本件会員権の販売を推進していたのであり、原告はオリックスグループの一員として、購入者との間のクレジット契約を担当することとなった。

(四) 以上の事実によれば、原告は、真里谷の事業がいずれ破綻することを知り又は知り得べきでありながら本件契約を締結したということができるから、真里谷の債務不履行の結果を原告に帰せしめるのを信義則上相当とする特段の事情があるというべきである。

四  抗弁に対する認否反論

1  抗弁1について

(一) 抗弁1(一)の事実は認める。

(二) 同(二)は争う。

本件特約における「商品」とは、被告が真里谷に対して有する本件ゴルフ場の優先的利用権及び一三〇〇万円の預託金返還請求権、並びに真里谷に対して負担する年会費支払義務等の債権債務関係の複合した法律上の地位であって、被告と真里谷との間のゴルフクラブ入会契約に基づく契約上の地位である。

したがって、「商品」には、本件ゴルフ会員権に基づく権利が実現されること、即ち、真里谷が本件ゴルフ場を完成させて被告に優先的に利用させる等の役務の提供は含まれないというべきである。

(三) 同(三)の事実は認める。

(四) 同(四)は争う。

(五) 同(五)は争う。

「商品の瑕疵」とは、これを本件に則していえば、入会契約時に商品たるゴルフ会員権に対して仮差押や差押がかかっていた、又は第三者のために担保権が設定されていた等のため、入会申込者が入会契約によって取得したゴルフクラブの会員たる地位をゴルフ場経営者に対して主張できないような障害が存在したことを意味する。

そうすると、本件ゴルフ場が完成されず施設利用ができないという事情は、これによって被告が真里谷に対して本件ゴルフクラブの会員たる地位を主張できなくなるわけではないから、「商品の瑕疵」には該当しない。

次に「商品の販売について、販売会社に対して生じている事由」とは、これを本件に則していえば、被告が所定の手続に沿って入会を申込み、入会金及び預託金の支払等を履践したにもかかわらず、真里谷が合理的な理由なく、被告に対し本件ゴルフクラブの会員たる地位を付与しなかったような場合をいうと解される。

そうすると、被告が本件ゴルフクラブの会員たる地位を取得している以上、本件においては、「商品の販売について、販売会社に対して生じている事由」は存在しないというべきである。

(六) 結論の相当性

〈1〉 ゴルフクラブ入会契約を締結した者が負うべきリスク

ゴルフ場の優先的利用及び預託金の返還というゴルフ場経営会社の債務が履行されるかどうかは、そのゴルフ場経営会社の意思と能力次第であり、右債務が履行されない場合のリスクは、そのようなゴルフ場経営会社を選択した購入者が負担すべきである。

〈2〉 立替払いしたクレジット会社が負うべきリスク

購入者が支払うべき入会金・預託金の一部を立替払いしたクレジット会社が本来的に負担すべきリスクは、購入者のクレジット代金支払能力に関する与信リスクである。

〈3〉 以上のように解されるところ、仮に被告主張のとおり、被告が真里谷に対して主張しうる全ての抗弁を原告に対しても主張できるものとすると、実質的には、クレジット代金返済期間の全期間において、原告が本件ゴルフクラブ入会契約に基づく真里谷の債務履行能力自体を保証したのと同じことになり、その結果の不合理性は明らかである。

2  抗弁2について

(一) 抗弁2(一)の事実のうち、真里谷が複数のゴルフ場事業を手がけていたことは認めるが、その余は知らない。

(二) 同(二)のうち、原告がオリックスの子会社であること、オリックスの真里谷に対する貸付金については認めるが、その余は否認する。

(三) 同(三)の事実は認める。

(四) 同(四)の事実及び主張は争う。

第三  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因事実は全て当事者間に争いがない。

二  抗弁1(特約に基づく支払停止の抗弁)について

1  抗弁1(一)の事実(特約の内容)及び同(三)の事実(真里谷の債務不履行)は当事者間に争いがない。

2  本件特約における「商品」の意味について

(一)  甲1によれば、被告が販売会社である真里谷から購入した商品は、グランマリヤという名のゴルフ場のゴルフ会員権であることは明らかである。

ゴルフ会員権とは、会員制のゴルフクラブにおいてメンバーとしての地位を維持する権利であり、具体的には、当該ゴルフ場の経営主体に対する施設の優先利用請求権及び預託金の返還請求権、並びに当該ゴルフ場の経営主体に対して負担する年会費支払義務等の債権債務の複合した法律上の地位であるということができる。

(二)  被告は、本件ゴルフ場経営会社である真里谷が本件ゴルフ場を予定時期に開場し、会員となった被告らに対してこれを優先的に利用させる役務を提供するという債務の履行そのものが「商品」であると主張するが、右のとおり、被告が購入したのは、真里谷に対する債権を中心とした法律上の地位であり、真里谷の提供する役務そのものではない。

3  本件特約における「商品の瑕疵」について

右2で認定説示したところによれば、商品たるゴルフ会員権に瑕疵のある場合とは、前記法律上の地位に瑕疵があること、即ち、所定の手続を経て会員権を取得したにもかかわらず、その権利に瑕疵があるため、当該ゴルフ場の経営主体に対して施設の優先利用や預託金の返還を求めることができない場合を言うと解される。

乙2、3、5、8、9及び弁論の全趣旨によれば、被告は所定の手続を経て現に本件ゴルフ場の個人正会員となり、これに基づき真里谷に対し施設の優先利用や預託金の返還を求める権利を取得したことが認められるから、被告が購入した商品に瑕疵はないというべきである。

したがって、「商品の瑕疵」を理由に本件特約の適用があるとする被告の主張は採用できない。

4  本件特約における「商品の販売について、販売会社に対して生じている事由」について

右文言は抽象的で、どのような事由を指すのかは必ずしも明らかではないが、少なくとも、商品の購入契約を締結するについて、購入者の意思表示が詐欺、錯誤などに基づくものであったため、それを理由に購入契約の無効・取消を主張する場合などはこれにあたると考えられる。

(一)  そこで、まず、被告の錯誤の主張について検討する。

本件ゴルフ場は平成四年一〇月完成、翌年二月オープン予定として入会募集されたにもかかわらず、未だ開場するに至っていないことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、被告は本件ゴルフ場が概ね予定どおりに開場されることを期待して真里谷と入会契約を結んだものと認められる。したがって、被告の期待と現実に齟齬の生じていることは確かであるが、右の食い違いは、将来について予想したことが結果的に実現しなかったというにすぎず、契約時における被告の認識と現実との食い違いではないから、これを錯誤ということはできない。

(二)  次に、被告の主張する真里谷の債務不履行が「商品の販売について、販売会社に対して生じている事由」にあたるかどうかを検討する。

真里谷の債務不履行は、本件入会契約後に生じた事実であるから、これを「販売について」生じている事由とみるのは文理上困難である。

また、真里谷から本件ゴルフ会員権を購入することを希望したのは被告であるが、右購入時点では、真里谷は未だ本件ゴルフ場を開場していなかったのであるから、真里谷がその債務を履行できるかどうかは、右購入時点では不明であったというべきところ、将来における履行の可能性についての判断は、これを購入することを決断した被告がその責任において行うべきであると考えられること、原告は、被告が本件ゴルフ会員権を購入する際、被告の資力不足を補うため、被告の依頼を受けて購入代金を代位弁済した者にすぎないから、そのような原告に、一〇年にも及ぶ分割金の支払期間を通じて真里谷の債務不履行の責任を負わせるのは相当でないと考えられることなどに照らせば、実質的な利益考量の観点からしても、真里谷の債務不履行をもって「商品の販売について、販売会社に対して生じている事由」にあたるとみることはできないというべきである。

5  以上によれば、本件特約に基づく被告の支払停止の抗弁は理由がない。

三  抗弁2(信義則上支払を拒みうる特段の事情)について

1  真里谷が複数のゴルフ場事業を手がけていたことは当事者間に争いがなく、乙17、18によれば、真里谷はゴルフ場事業以外にも、巨額の株式投資、地上げ、ホテル事業、海外投資なども行っていたが、バブル経済崩壊による株式相場の下落によって莫大な損害を被ったことや、オーナーのワンマン経営などにより、これらの事業に失敗し、経営が破綻するに至ったことが認められる。

また、原告がオリックスの子会社であり、オリックスは真里谷に対し平成二年一月時点で、一七五億円以上の貸付金を有していたこと、及びオリックスは真里谷と提携して、本件会員権の販売を推進し、原告はオリックスグループの一員として、購入者との間のクレジット契約を担当することとなったことは当事者間に争いがない。

2  しかし、その余の被告主張事実はこれを認めるに足りる証拠がなく、右1の事実のみから、本件契約時点において、真里谷の事業がいずれ破綻することを原告が知っていたとか当然に知り得たと推認することはできないというべきである。

したがって、真里谷の債務不履行の結果を原告に帰せしめるのを信義則上相当とする特段の事情を認めることはできない。

四  以上によれば、本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

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